Andrea Tomasini氏は4月8日と9日にキエフで開催されるAgile Eastern Europe 2016 Conferenceで,“Stop Scaling, Start Growing an Agile Organization”と題した基調講演を行なう。アジリティの成長(growing)とは何か,氏に聞いた。
InfoQ: 何がアジャイルのスケーリングであって,何がそうではないのか,あなたの見解を教えて頂けますか?
Tomasini: アジャイルあるいはアジリティの向上を表す上で,“スケーリング”という言葉は適切でないと思います。“工場拡大”や“生産拡大”など,組み立てや製造に関する生産活動のメタファを連想させるものだから,というのが理由です。組み立てや製造といったものを越えて,もっと高いレベルでアジリティを考えるべきだと思います。ソフトウェア開発は“生産”関連のメタファとは何の関係もありません。ソフトウェア開発はクリエイティブな問題解決のアクティビティなのです。
ソフトウェアのデリバリを強く — ほとんどが独自の方法で — 意識した,アジャイルの“スケーリング”という試みがあまりにもたくさんあり過ぎて,業界の悩みの種になっています。アジリティに詳しい人たちに質問すれば,本当にさまざまな答が返ってくるでしょう。そんな彼らでも,アジャイルチームを成功に導くのが“プロセス”や“ツール”ではなく,人々が効果的な対話を行なう方法を確立することにある,という点については,ほとんど同意してくれるだろうと私は信じています。実行した作業とその方法の両方を分析し,それを適用することが,継続的改善の中核であるはずです。プラクティスやプロセス,あるいはツールの“スケーリング”にばかり目をやって,考え方や文化といったものを蔑ろにするようでは,長期的に見た場合の成功や,持続可能なペース,そして何よりも,人々の充実感や熱意を得られるはずがありません!
私は“スケーリング”よりも,アジリティの“成長(growing)”ということばを選択したいと思います。組織にアジリティを根付かせる活動は,仕組みではなく,組織のシステムとして行われるものだという事実に,このことばがより結びついているからです。戦略よりも文化が大事であるならば,アジリティを実現するためには,まず何よりも文化や考え方に取り組むことが必要である,という点を認識しなくてはなりません。アジャイルの成長には,文化を尊重することと,プラクティスとツールの共進化の2つの意味があるのです。
InfoQ: 価値を重視できる組織を構築するにはどうすればよいのか,具体的な例を挙げて頂けますか?
Tomasini: “組織化する(organize)”という表現は,人々が互いに協力する — あるいは協力しない — 方法を管理するような,組織構造やプロセスの存在を前提にしたものだと思います。組織はもっと個々の目的達成をサポートするように変わることができるはずですし,そうあるべきです。
階層構造や,あるいはマトリックス構造といった一般的な組織構造では,組織の主目的が効率の最大化に置かれていることも少なくありません。このようなタイプの組織は,リソースの最大活用の達成を強いられるか,あるいはそれを目指して努力することになります。こういったアプローチは,Frederik Winslow Taylor氏が“Scientific Management Treaty”を著した1911年頃には多くの市場分野で有効でしたが,2016年の現在ではもはや問題外なものです。中でも,グローバル化やインターネットインフラストラクチャのおかげで,この10年間に新しいビジネスモデルが数多く登場し,以前は参入が不可能だった市場にも多くの企業が新たに加わってきました。このダイナミクスの変化によって多くの企業が,自らの組織構造や,時には存続のための戦いについて,改めて考える必要に迫られたのです。
今日の市場は企業に対して,顧客が何を望んでいるかに注目して,より高いレベルの品質と満足度でタイムリに提供することを求めていると思います。このような市場環境では,開発コストや製造コストよりも遅延コストが大きな意味を持つようになりますから,企業は変わらざるを得ないのです。
市場へのタイムリな価値提供を実現するためには,業務遂行上のオーバーヘッドだけでなく,業務間の調整や連携による無駄も最小限にする必要があります。この理由から,ほとんどのアジャイルチームは,自らをクロスファンクショナルでエンドツーエンドなチームにしようとしています。同じことは企業のレベルでも起きるはずです。これが既存の組織構造やパワープレイに大きく影響し,調和や同調,意思疎通といった組織のあり方を,これまでより集中的な,価値を主体としたアプローチへと根本的に変えていくのです。
企業の指導層のチームと仕事をする時,“何に価値があって,何には価値がないのか?”という質問に対して,回答が非常にあいまいなことが多々あります。これはその組織の文化が,実行や予測可能性といったものに極端に傾いているために,そこにいる人々やその対話よりもプロセスやツールが尊重されているという事実に根ざした,極めて深い問題の発現なのです。市場に対する価値提案が経時的に変化する必要がないという仮定は,企業にとって大きな危機要因のひとつと言えます。
InfoQ: 非集中型のコントロールを推奨されていますが,アジリティの向上という意味で,これはどのような役割を果たすのでしょう?
Tomasini: 非集中型のコントロールでは,変化に対して組織の個々の部分が迅速かつ独立的に反応できるため,優れたアジリティが実現可能なのです。アジャイル組織を実現するという決定に伴って設定する目標には,より高いレベルのレジリエンスないし抗脆弱性の達成を置くべきです。
制約の設定による権限の委譲は,チームの目標の明確化や自己組織化を促進します。委譲は難しいプロセスです。信頼関係を築かなくてはなりませんし,力量や知識の伝授も必要です。
InfoQ: 組織がアジリティを成長させるためには,どのようなことをすればいいと思われますか?
Tomasini: アジリティそれ自体は目標ではなく,目標に向けた手段なのだと考えてください。アジャイル化すること自体を目的とした,自己暗示的な預言や聖戦のような例は少なくないのです。組織の変革とは明らかに困難な部類に属するチャレンジであって,経験則的なアプローチを必要とするものである点を忘れないことです。定義と実践といったものの誘惑に駆られてはなりません。そのような方法で成功することはめったにないのです。仕事に従事している人たちに参加してもらうだけではなく,作業のシステムを彼ら自身に所有してもらわなくてはなりません。トップダウンの変化の押し付けは,抵抗と不満を引き起こします。
最後にアドバイスしたいのは,パイロットプロジェクトを過大に評価しない,ということです!パイロットプロジェクトというのは,成功することが普通なのです!自らの文化を進化させなかった企業は,成功を収めた特定のチームのプロセスやツールを,組織の他の部分にカットアンドペーストするという過ちを犯しがちです。注目している部分が間違っていますから,これがうまく機能しないのは当然です。
InfoQ: アジリティを可視化する,あるいは測定する方法はあるのでしょうか?組織がよりアジャイルになったことを実際に知るには,どうすればよいのでしょう?
Tomasini: 面白い質問ですね。アジリティを測定しようとする試みはありますが,その本当の意図を捉えているものはほとんどありません。アジャイルのプラクティスや規律の遵守レベルを評価するオンライン査定のようなものもありますが,それは適当なプラクティスを使用すれば最終的にアジャイルになると仮定した下でのものです。チームの信頼やコラボレーション,結果重視のレベルの評価を目的とした,さまざまなチームパフォーマンスモデルも存在します。
結局のところ,アジリティを測定することができるとは思えませんし,それが意味のあることだとも思っていません。その反対に,そのような変革がこれまでよりよい結果をもたらしている,という事実や変化を測定することは可能です。
最後に私の心からの提案をするならば,アジャイル組織としてのパフォーマンスを他のアジャイル組織や,あるいは過去の自分たちと比較することに気を取られないようにしてほしいと思います。このような行動の結果は魔女狩りの類いや,つまらない虚栄心の比較となって,結局は変革の焦点を見失った時間の浪費で終わります。組織の改善,さらには顧客や利害関係者からのフィードバックを決定付ける上では,人々の関与やフィードバックこそが価値のある指標なのです。人々が仕事に幸せを感じて,仕事に対するモチベーションを持つことができれば,彼らはより創造的,生産的,意欲的になり,結果としてより大きな成果を挙げることができるはずです。アジリティを可視化する方法があるとすれば,オフィスを歩き周り,笑顔や活発な会話を毎日数えることです。そのトレンドが上向きならば,目的は達せられている,ということになります!
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