Scrum Allianceの開発したCertified Agile Leadershipプログラムは,アジャイルのリーダシップ能力を習得するためのリーダシップ・フレームワークを提供することにより,指導者の有効性を高めることを目指している。Trail Ridge Consultingでアジリティリーダシップを指導するPete Behrens氏は,Scrum Alliance理事会と共同で実施したDeveloping Agile Leadershipウェビナでリーダシッププログラムについて語り,アジャイルリーダにとっての意義とアジリティ向上の方法を説明した。
Behrens氏は以前,Scrum AllianceのCertified Agile Leadership(CAL)プログラムの設計に参画している。InfoQは氏にインタビューして,リーダシップの重要性,リーダのあり方とリーダシップ文化の変革が困難な理由,自己組織型チームにおけるリーダシップ,Certified Agile Leadershipプログラムについて,アジャイルリーダシップ能力を発展させる上で企業ができること,などを聞いた。
InfoQ: アジャイルを目指す企業にとって,なぜリーダシップが重要なのでしょう?
Pete Behrens: ひとつのチームよりも大きな組織で効果を持つためには,組織的なリーダシップが重要な役割を果たします。これはアジャイルであるか否かに関わりません。組織の構造や価値のあり方によって,効果的なアジャイル導入の方法は違うのです。
ほとんどの企業はプロセスとしてアジャイルにアプローチします — つまり,スクラムを導入するのです。これはかなり単純なアプローチで,初期段階の小グループではうまく行くかもしれませんが,その段階を過ぎるとすぐに構造的,文化的な問題に突き当たります。構造的な問題には役割や責任,チーム構造,場所,部署といったものがあります。チームがリーダシップの境界を越えれば,権限や影響の範囲,所有権といったものが問題になります。その時,効果的なアジャイルアプローチを行なう上で,リーダシップの果たすべき役割が重要になるのです。
InfoQ: リーダの指導方法やリーダシップを変えることが困難なのはなぜでしょう?
Behrens: 複雑な,難しい質問ですね。2つに分けてお答えしましょう。
まず第一に,誰にとっても変化は難しいものなのです。神経科学的な研究によると,人の脳には既知のルーチンを好む傾向があります。達成のために必要なエネルギーや意識の集中が少なくて済むからです。この傾向は,通勤時の車の運転が苦痛でないという面では便利ですが,作業の変化や不確実性,複雑性が増加する局面においては障害になります。
職場環境においては,新たな学習や現在の状況にそぐわないような,過去の思考や習慣や行動に対する依存は,クリエイティブな成果獲得の妨げになります。変化は常態なのですから,リーダの指導方法も常に変化しなくてはなりません。
Edward Schein氏はかつて,文化はリーダシップのコインの裏側である,と定義しました。文化はリーダシップの思考と行動から始まり,時間の経過と組織の成長に伴って,最終的にはリーダ自身よりも長く生き延びます。文化とは,時間を経て確立された組織の習慣に他ならないのです。
ですから,もし人が変わることが難しいのならば,リーダの習慣というよりも,組織体的な習慣として根付いている,組織のシステムに変化を起こせないかを考えてみてください。組織の慣習や規範,過去の価値観を打ち破ることは非常に難しく,克服には強力かつ永続的で,熱意を持ったリーダシップが必要です。
InfoQ: スクラムでは自己組織化チームによる作業を推奨していますが,このことは,リーダシップにどのような影響を与えるのでしょう?
Behrens: 自己組織的,自己決定的,自己管理的なグループというのは,歴史的な観点からは新しいものではありません。今から250万年前,自己組織的で自己決定的,自己管理的な部族が一般的な存在になりました(進化論的リーダシップ論)。当時のリーダシップはタスク指向で,リーダは部族の中から選ばれていました。リーダがあまりにも威圧的になった場合には,メンバはその部族を離れて,自身で部族を自由に始めることができたのです。
自己組織化は人々が農業社会に落ち着き始めるまで — およそ13,000年前までは,世界的標準でした。文明が拡大し,人々が食料や安全をそれに頼るようになると,社会は権力者とそれ以外とに分離され始めました。リーダは課されるものとなり,ひとつの指揮体系が形成されました。孤立するリスクのため人々は組織を離れられなくなり,支配と管理の範囲拡大が標準になったのです。
現代の私たちが組織や企業を発展させるように,彼らはこの農業社会のモデルを継続させました — 階層的なリーダシップの中で選択の自由は制限され,指導者と労働者の間には大きな権力差が生まれました。
スクラムや,それと同種のアプローチの多くは,自己組織化チームのパワーとアジリティを再び燃え立たそうとしているのです。人の脳が自律性,目的意識の共有,目的達成のための役割共有を望んでいる,という意識です。
組織において権力と決定をコントロールするのはリーダですから,リーダシップの方向性を改めて,自己組織的,自己決定的,自己管理的なチームをサポートすることが重要です。リーダはこのトランザクションの中で一歩引かなくてはなりません - そうすることで,自己組織化チームが前に出ることが可能になります。しかしながらこれは,今日のほとんどのリーダにとって不快なことでもあります。
InfoQ: リーダシップがチームや組織のアジリティ向上にどのように役立ったか,例を紹介して頂けますか?
Behrens: McKinsey & Company ITとSalesforce.comを実例に選んでみます。
2008年当時のMcKinsey & Companyには,米国とインドに一般的なITコストセンタがあって,9,000人のグローバルなコンサルタント活動を支援するために,数十のアプリケーションをサポートしていました。しかしながら,コストが高騰し,遅延が積み重なって,ビジネス上のフラストレーションが増えていたのです。McKinsey & Company IT内のアジャイルリーダシップは,アジャイル転換を通じて組織をリードしました。開発パワーを従来の役割から解放し,組織的なサイロを打開してコラボレーションを拡大することで,チームに割り当てられたすべての責務と成果を共有したのです。
リーダシップの方向転換により,5年間で,納期の75%短縮と障害の70%削減,開発とサポートのコストの60%以上の低減を実現しました。ITコストセンタに関する彼らのダイナミックな転向は,クライアントが同じことを行なう場合にサービスを提供するという,新たなビジネスチャンスも生み出しました。McKinsey & Companyでは,同社のMcKinsey Digital Labs Serviceを通じて,クライアントが同様な成功を収めることを可能にしています。
2006年,Salesforce.comは,市場のニーズを満たすための組織と製品の拡大に苦慮していました。この年の同社は,新たな製品をリリースすることができず,変化を模索していたのです。Salesforceのアジャイルリーダシップは,同社の競争的な文化を活用しました。個人個人の競争からチームベースの競争に文化を変革することで,組織全体でのリーダの重点と影響の方向性を転換したのです。
それまでの機能マトリックス型の組織を改め,エンジニアリングマネージャが製品の開発方法を重視し,プロダクトオーナが製品の開発内容を重視するという,バランスの取れたマトリックス型組織へと重点を移すことによって,組織のパイプラインを解放し,流れをよくしました。Salesforce.comは今やCRMソリューションのマーケットリーダとして,OracleやSAPを凌駕しています。この新たなチーム方向性とアジリティによって,同社は,その年々の新たな市場の需要を満たすべく,戦略的イニシアティブに再び集中することが可能になったのです。
InfoQ: Scrum Allianceではリーダシップのプログラムを開発していますが,それについて簡単に説明して頂けますか?
Behrens: Scrum Allianceでは,今回のインタビューで議論したコンセプトを取り入れた,Certified Agile Leadership (CAL) Programを開発しています。現在は2つのプログラムで構成されています — 第1部はアジャイルリーダシップに対する認識と理解を作り上げるためのもので,第2部はリーダとして活動する上で必要となる,より深い知識と実践を身に付けるためのものです。
プログラムの開発は2つのフェーズで行なわれました。2015年のフェーズ1には私の他,Steven Denning, Pollyanna Pixton, Angela Johnson, Simon Robertsが参加しました。2016年のフェーズ2は私とAngela Johnson, Peter Green, Sanjiv Augustine, Scott Dunn, Brian Rabonが行いました。いずれのプログラムチームも,Lisa Reeder, Erika Jones, Manny GonzalezなどScrum Allaianceスタッフの協力を受けています。
アジャイルリーダシップの事前認定コースとコーチングは,私たちのトレーニングコミュニティ内で数年間続けられています。新たなCertified Agile Leadership Programの元でのワークショップやコーチングが,プライベートと一般公開の両方で開始されています。プライベートワークショップは公表されませんが,近々開催される一般公開コースについては,Certified Agile Leadership CoursesのWebページで紹介しています。
CALプログラムは,指導者が複数の学習モデル — トレーニング,コーチング,実習 — に組み込めるような,フレキシブルな教育プログラムとして設計されています。学習をガイドする学習目的のセットとして設定されていながら,教育者と参加者側のリーダの双方が学習パスをカスタマイズ可能な柔軟性も提供しています。
Scrum Alliance Certified ScrumMaster(CSM)プログラムは,世界中で40万人がその資格を保持する,今日のアジャイル入門教育のゴールドスタンダードです。今回の新しいCertified Agile Leadership (CAL)プログラムについても,同等の品質の教育体験と幅広い教育機会を提供できることを期待しています。
InfoQ: リーダシップを発展させるために,企業にできることは何でしょう?
Behrens: どのような改善プログラムでも,最初のステップは自己認識です。リーダは,アジャイル転換の旅にいくつもの道筋があること,旅全体を支援するマップとガイドがあること,この2つを知っておく必要があります。自身の思考や習慣,バイアス,振る舞いを知ることは,その改善のためになすべきことを理解する上で極めて重要です。
この自己認識に関しては,もうひとつ言いたいことがあります。ほとんどのリーダシップ開発プログラムは,リーダシップの技術や能力に焦点を当てていますが,これにはすべての成人が同じレベルで成熟している,という暗黙の了解があります。実際には,人はすべて,大人になっても成熟し続けます。この成熟度が,スキルを活用する上での効率性のキー要素となっているのです。
成熟度モデルと,リーダとしての発展段階の存在をリーダが理解することで,彼らの挑戦をナビゲートし,リーダシップ改善への道筋を付けることが可能になります。そして教育は,この旅を始めるための大きなきっかけになります — 教育に終わりはありません。リーダシップの成熟には練習 — たくさんの練習が必要です。その分野のトップに立とうと努力するプロスポーツ選手を思い浮かべてください - それは終わりのない旅なのです。
リーダシップの評価とコーチングを提供することは,学習と成長のペースを早める手段として,比類するもののないほど強力です。ひとりのコーチも付けていないプロスポーツ選手など存在しません。ほとんどの選手が改善の範囲ごとに,向上をガイドしてくれる多数のコーチを持っています。
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