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SamsungのRisman Adnan氏に聞く - インドネシアにおけるイノベーションとアジリティの発展

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原文(投稿日:2017/05/23)へのリンク

Risman Adnan氏はSamsung R&D Institute Indonesiaのディレクタである。氏はInfoQに、イノベーションとアジリティを育み、クラフトマンシップ文化を生み出すためのアプローチについて語ってくれた。

イノベーションの追求を目標として、Samsungは、インドネシアのジャカルタにR&Dセンタ(SRIN)を設立した。Adnan氏は2014年にMicrosoftからSamsungに移籍し、ソフトウェアR&Dのディレクタに就任した。氏はインドネシアのIT業界では知られた人物であり、イノベーションとアジリティにおいて指導的な立場にある。7月に予定されている初のAgile Indonesiaカンファレンスでは、氏が基調講演を務める。

InfoQ: あなたを知らない読者のために、簡単な自己紹介をお願いします。

Risman Adnan: 私はインドネシアのIT業界に17年以上関わってきました。ソフトウェアエンジニアから開発リーダ、テクニカルエバンジェリズム、テクニカルセールス、マーケティングなどの職を経て、現在はR&D組織に所属しています。元々は理論物理学が専門だったのですが、期せずしてソフトウェア産業に関わることになりました。自分ではビジネスや数学、物理学、コンピューティングに単なる好奇心以上のものを持つ、自己学習者だと思っています。

InfoQ:SRINが設立されたのはいつですか、センタをジャカルタに開設した理由は何だったのでしょうか?

Adnan: Samsung R&D Indonesia(SRIN)は2012年、サービスの商業化を目的とするR&Dセンタとして設立されました。SamsungのR&Dファミリの一員として、世界各地の20以上のサムスンのR&Dセンタの中でも、ユニークで専門的なコアコンピタンスによってSamsungの最先端技術をサポートすべく活動しています。創設以来、地域および世界のマーケットにおいて、最新のSamsung Galaxyデバイスを対象としたアプリケーションサービスの商用化に携わってきました。今後はここインドネシアにおいて、モバイルアプリやミドルウェア、データ管理、分析技術に関する最新のグローバルな研究開発成果の商業化に焦点を当てた、高度なR&Dセンタになることを目指しています。SRINの詳細についてはこちらをご覧ください。

InfoQ: この数年間でセンタはどのように発展、成長しましたか?

Adnan: SRINの財産は、R&D文化を創造し、コンピテンシを構築し、コントリビューション(製品および知的財産の創出)を共に推進する人々です。革新的であるために、非常に高度な創造性や分析力、問題解決能力を必要とする点で、他のソフトウェア開発組織とはまったく違います。人こそがSRINの財産なのです。私たちは最高のタレントを雇用し、その能力を伸ばし、成長させることによって、会社に貢献します。文化の面では、SRINの本質は研究組織です。それは私たちのDNAにあります。エンジニアたちはアルゴリズムやオペレーティングシステム、プログラミング言語、人工知能(AI)といった、最先端のソフトウェア開発技術の基本的な知識の研究や向上に従事しています。高度な技術を探求するにはこのような基本が非常に重要なので、SRIN内部に研究能力を構築しなければならないと考えています。その結果として、ミドルウェアやデータ分析、AI/ディープラーニングなどの分野において、新たなコンピテンシを獲得することができました。知的財産に関しては、過去3年間にわたって米国特許庁に発明の出願を行なっています。SRINの一員として過去3年間、“すべてを学ぶ”経験をできたことは、自分自身にとって本当に素晴らしいことでした!

infoQ: SRIN Academyを設立しましたが、それについて詳しく教えてください。

Adnan: インドネシアに限らず、人材の不足はソフトウエア業界のあらゆる場面で起きています。バックエンドソフトウェア技術者やフレームワーク開発者、データ科学者など、専門的で高度な技術を持った人材は貴重で、採用には多くの費用が必要です。 そのため、インドネシア市場に存在しない人材を探すのではなく、私たちが人材を育ているという、意思転換の決断を下しました。興味深かったのは、インドネシアのエンジニアは大学を出ていないにも関わらず、非常に勤勉で、高い学習意欲を持ることです。もうひとつ分かったことは、基礎的な研究はアウトソーシングや第3者に委託することはできない、組織文化の一部であるということです。それを知って、私たちは、SRINのエンジニアと重要なパートナを養成するための社内コースを開発しました。それぞれのコースでは、概念の理解と必要な実践スキルのバランスを重視しています。SRIN Academyには現在、アルゴリズムとデータ構造、C++、Java、ディープニューラルネットワークの4コースがあります。2016年からは、BINUSやUI(University of Indonesia)、President Universityなど、主要な大学パートナ向けのコースも開校しています。このようなパートナとのエコシステムが、長期的な成功において重要な役割を果たすことを、私たちは強く信じています。

InfoQ: Samsungのエンジニアリング文化はどのようなものでしょう?

Adnan: 私はいつも“FAST”と表現しています。スピードという意味ではなく(確かに早いのですが)、フォーカスやアライメント、サイエンティフィック、タレントという意味においてです。詳しく説明しましょう。

フォーカス 私たちの仕事では、人々のグループが目標、問題、解決策に集中する必要があります。従事する人々の物理学が非常に重要です。彼らの集中を支援するために、私たちは常識な方法を用いています。まず最初に、明確なチームモデルとR&Rを持って、人々のスキルや能力、個人的関心に沿ったタスクを展開できるようにします。実際にはプラットフォームスタックや標準フレームワーク、開発/テストガイドラインなどのインフラストラクチャが必要であるため、簡単なことではありません。そのためSRINでは、開発ライフサイクルで使用されるすべての標準を管理するSE委員会と、コードフレームワークや自動化ミドルウェアの開発とメンテナンスを担当するソフトウェア設計エンジニア(SDE)を設けています。SDEの働きによって、ソフトウェアエンジニア(SWE)は、開発フェーズにおいて、プロジェクトオーナ(PO)とプロジェクトリーダ(PL)の定義した設計と仕様に基づく開発作業に専念できます。テストフェーズでは、ソフトウェア品質エンジニア(SQE)がテストケースを実行し、開発チームにフィードバックを提供します。ごく一般的な構成ではありますが、十分に機能させるには時間と習熟が必要です。ここまで来るのは大変でした!

アラインメントソフトウェア開発は、意思の疎通とコミュニケーションのリズムが本当に重要な共同作業です。私はそれを人間物理学(physics of people)と名づけました。チームに明確なR&Rが確立すれば、次に必要なのは、チームがどのように前進するかを定義する人間物理学です。SRINに秘密のレシピがある訳ではありません。すべては実験し、間違いを犯して(同じ過ちを繰り返すことなく)、そこから学びました。私たちの知識を試すのは私たち自身の実験であり、それが私たちのエンジニアリングの “真実”を判定する唯一の方法なのです。この実験は、エンジニアリングの実践における私たち独自の法則を作り出す上で有効です。私たちの法則は、私たちの人間物理学に沿ったものです。実験し、想像し、推論して、次が何なのか推測します。実験では専門家や書籍、論文などから学びます。ですが、他の誰かが作ったプロセスモデルやプラクティスが、自分たちのユニークなチームに合うと思いますか?そうは思いません。ひとつ指摘しておきたいのは、私たちがフォーマルではなく、どちらかといえばカジュアルであるという点です。フォーマルなミーティングはそれほどなく、誰でも話せるようなカジュアルな議論を多く行なっているのです。それによって失敗の判断と次策の決断を素早く行い、事態を改善することが可能になります。“アジャイル”と言った方がよいでしょうか?

InfoQ: 確かにアジャイルですね。実験し、測定し、学ぶ ... という意味では、リーンスタートアップであるとも言えそうです。

Adnan: サイエンティフィック(Scientific) エンジニアリング開発とは、科学的知識を応用して、実用的な問題に対する効果的な解決法を開発することである、と私たちは考えています。エンジニアリングと科学には、デザインと発見の混在、クラフトマンシップの実験を通じた知識の創造、問題駆動型、真理の探求という共通点があります。ソフトウェア工学は違うのでしょうか?そうは思いません。俗説を退けるために、私たちは、ソフトウェアプロジェクトライフサイクルの分析手法を使用しています。計測できないものをコントロールすることはできません。ソフトウェアプロジェクトを例に取れば、リソースや時間、リスクを見積もる必要があります – では、どうやって?私たちが採用しているのは、活動内容と時間、問題点を追跡し、見積に基づいたいくつかの分析を行なう、という方法です。大したことはない?いいえ。私たちは実験し、計測し、仮説を立て、推測するために分析を行います。“エンジニアも人間”ですから、正確ではないかも知れません。現在はまだ、定量化可能な科学の領域と、人間であることによる渾沌とした現実との狭間で作業をしている段階です。

タレント 。最高の人材を採用し、雇用しておきたいと思うのは、どの企業でも同じです。インドネシアではどうすればよいでしょう?何らかの戦略が必要です。私たちは基本的に、何らかの領域で技術的な能力を持っている人を常に探しています。プログラミングでなくても構いません!特定の技術経験や以前に何をしていたのかという点は、私たちにとってそれほど重要ではないのです。新しいものを学ぶことができて、創造的な思考力のある人材を採用しています。数学や物理学、電気工学、コンピュータ科学など、バックグラウンドはさまざまです。最初は基本的なアルゴリズム問題を解くテストを実施します。それにパスすれば、態度やマナー、好奇心、熱意などを確認するために、何度かの面接を行います。学習能力を測るために、技術書を提供して応募者に読ませ、何を学んだかを話させるという(悪い)習慣もあります。採用後はアカデミーコースに配置して、アルゴリズムやオペレーティングシステム、プログラミング言語などの必要知識を学んでもらいます。基本的なスキル、特にアルゴリズム問題解決に関しては、毎月測定しています。さらに私たちは、人材を家族、オフィスを第2の家のように扱っています。このようにして人材を確保しているのです。

InfoQ: 以前の講演で、(既存のアプリのコピーではなく)本当の意味での技術革新を提供することの難しさを取り上げていましたが、それについて話して頂けますか?

Adnan: 創造的に革新するというのは、解決すべき問題を正確に定義し、過去の概念について多くを知り、多くのアイデアを得た後に、ソリューションを包括的に考えることです。ここで大きな疑問は、包括的に考えるにはどうすればよいのか、ということでしょう。アイデアです。アイデアを得るには?その問題に関連する過去の概念を、数多く知ることです。創造的な思考は、活発な頭脳が集学的な概念(ビジネス、技術、科学、ユーザ行動)に関与し、パターンを認識し、新たなアイデアを構築し、新たなモデルを提案し、検証し、最終的に単純化する時に実現するものです。事実として、美しいアプリの多くは極めてシンプルですが、そのシンプルさは多くの入力を伴う複雑なプロセスの結果として、帰納的ないし演繹的にもたらされるものなのです。それには莫大な努力が必要です。Minecraftの背景にある創造的思考について想像できますか?では、そのアプリをコピーできますか?簡単ですよね。当面の結果はそれで得られるかも知れませんが、問題は解決しないかも知れません。それどころか、対処している問題が違うかも知れないのです。既存のアプリからアイデアを得ることはできても、コピーでは役に立ちません。イノベーションに近道はないのです。

InfoQ: 今日のイノベーションに必要なソフトウェアクラフトマンシップにおいて、何が重要なのでしょう?SRINではそれをどのように展開していますか?

Adnan: 今日では朝起きて、StanfordやMITのオンラインコースを受講したり、Quoraの専門家たちと議論したり、GitHubでオープンソースのコードを学んだり、Arxizで大量の論文を読んだりすることができます。これらはどれも、私たちの頭脳を活発にしてくれます。これはシリコンバレーだけでなく、インスピレーションを受けた世界中のエンジニアが行なえることです。これがソフトウェアクラフトマンシップに与える影響にお気付きですか?分裂の機会均等です。私がこれまで体験した共通的な問題点は、野心とイノベーションに対する自信が欠如していることです。能力については問題にしませんでした。MOOC(ムーク、無償で学べるオンライン講座)を使えば、何でも、いつでも習得できるからです。インドネシアにはリソースとして毎年多くのSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)就学者がおり、学ぶ気力を持っているのですが、野心と自信なくして事は運びません。私はSRINの人たちをインスパイアすることで、幸運にも毎年よい結果を得られています。

InfoQ: Microsoft在籍時代とSRINを比較して、共通するものと違うものは何ですか?

Adnan: Microsoftには10年間所属して、さまざまな役割を果たしてきました。SamsungもMicrosoftも、人材こそが会社の最大の資産であると考えています。顧客やパートナ、開発者のエコシステムを対象とした地域開発に投資している点も共通です。同じことを、ここインドネシアでも継続したいと思っています。違うと思うのは、ビジネスのアジリティとレガシです。Microsoftには極めて強力なトップダウンの計画プロセス、測定可能な指標、ビジネスレビューのリズムがあり、非常に安定しています。10年越しでMBAを取るようなものです。Samsungはもっとボトムアップアプローチで、顧客の声により耳を傾け、創造的な実験空間を持つことで、現場にアジリティを生み出しています。Microsoftがソフトウェアに強力なレガシを持っているのに対して、Samsungにはコンシューマデバイスでの強みがあります。ソフトウェア対ハードウェアのレガシが、異なる企業DNAとして現れているのです。この2社での経験を誇りに思っています。将来的には、MicrosoftとSamsungとの間でさらなるコラボレーションができれば嬉しいですね。.NETがTizen OS上で動作していることはご存知ですか?そう、Visual Studioを使ってTizenデバイス上でC#を書くのは、技術者として本当にエキサイティングです!

InfoQ: 世界的なIT分野において、インドネシアがユニークな点は何だと思いますか?

Adnan: インドネシアのITエコシステムにもレガシがあります。地元のパートナのエコシステムで販売や投資をしている多国籍企業によって始まったものです。市場のニーズは、LOB(Line of Business)アプリ開発やシステムインテグレーションとデプロイメントをメインとした、B2Bが中心でした。ITリソース供給という面では、インドネシアはアジア最大の国のひとつで、毎年10万人を越えるSTEM卒業生を輩出しています。消費者の面では、インドネシアは4番目に人口の多い国(2億6千万の人口、60%が若者)として、大きな機会を提供しています。国民は若く、社会的で、ディジタル技術に通じています。

ITに関する“学習意欲の強い”人々と巨大なコンシューマ市場を持つ点で、インドネシアはユニークな存在です。この5年間で、B2B中心からB2Cへ、プロジェクト中心からプロダクトとサービスへ、LOBからEコマースやフィンテックやエデュテック(EduTech)へと、明らかに変化しました。ケイパビリティを研究し、人材教育に投資する企業には、大きなビジネスチャンスがあります。ローカルマーケット自体も、投資するのに十分な規模です。インドネシアの産業をひとつ選んで、トッププレーヤが誰かを見てください – 彼らがすでに、ITへの効率的な投資を行なっていると思いますか?極めて旧態依然としているのです。チャンスがあるとは思いませんか?

infoQ: その通りですね!昨年中ごろにインドネシアに来たのですが、私もITの急激な成長が国をつくり出していると実感しました。インドネシアは急速に追いついていると思いますし、アジャイルへの理解も広まっているようです。今年は多くの企業がアジャイル移行を達成することでしょう。Samsungにおけつアジリティの強みと改善領域として、どのようなものがあると思いますか?

Adnan: 私も同じようなトレンドを経験しています。Samsungでは、R&Dプロジェクトのライフサイクルに、プロセスモデルを盲目的に採用するようなことはしません。私たちは自分自身をアジャイルチームだと考えていますが、それはSCRUMの提案するコンセプトを使用しているからではなく、ただ私たちの文化に基づいているからなのです。社員の意欲や成熟に対しても同じです。私たちには“エンジニアは人間である”という信念があり、それが非常に大きな意味を持っています – 他の何ものでもなく、この信念に従って、私たちはプロセスや戦略を定義し、採用しているのです。それを可能にする人とインフラストラクチャの効率的な物理学によって得られる生産性を、私たちは経験から知っています。実績あるプラクティスを再利用可能なエンジンに変えるために、標準的なテクノロジスタックとコードフレームワークを設計し、メンテナンスしています。モバイルAPIのように、開発タスクの繰り返しを自動化するミドルウェアの開発も行なっています。それらすべてが、私たちの生産性と効率性を支えているのです。通説を信じるのではなく、実験し、計測し、分析し、改善を行なうのです。

完璧なものは存在しません。すべては近似値に過ぎないのです。私たちはR&D部門ですから、科学やテクノロジの急速な進歩と関係を持ち続けるように努めています。同じメンバが同じ時間に、複数の研究開発プロジェクトを行なっています。抱えている専門家の数よりも、実施すべきアイデアの数が多いのです。地元のマーケットが生み出すことができるよりも、より高度なスキルを持つ人材を必要としています。採用の代わりに人材を育成することも可能ですが、当然ながら時間を必要とします。さらに、R&Dの能力は、地元大学のエコシステムの能力に依存します。米国内でR&Dセンタを運営するのであれば、大学の最先端の研究室とパートナシップを結ぶことも可能ですが、ここインドネシアではゼロから構築しなくてはなりません。これらの面はすべて、企業としてのアジリティに影響します。それでも、学習意欲を持ち、イノベーションを目指す人たちと仕事をするという意味において、私たちは正しい方向に進んでいると信じているのです。

InfoQ: ありがとうございます!

Risman Adnan氏は、7月12日と13日にジャカルタで開催されるAgile Indonesia 2017の基調講演を行なう予定である。

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