ユーザを観察してユーザニーズを理解することは、解決すべき問題の明確化に有効だ、とMileha Soneji氏は主張する。ACE Conference 2019で氏が行った講演では、実用最小限のプロトタイプによる人間中心の設計が、より優れた洞察をより早く得る上で有用であること、問題をより小さな問題に分解することで、より単純な解決策を提案できること、などが示された。
2015年にTEDxDelftで行われたTED講演"Simple Hacks for Life with Perkinson's"の中で、Mileha Soneji 氏は、パーキンソン病を患う自身の叔父について語った。講演では、特殊なニーズを対象としたデザインを行う自身のプロジェクトにおいて、叔父のために何かをデザインしたいと考えた氏が、叔父の日々の生活における行動を観察すると決めた経緯が説明された。
ユーザとその状況を理解し、そこから解決すべき問題を明確化することが重要だ、とSoneji氏は、ACEカンファレンスで語った。ユーザに質問やインタビューをすれば、それについては理解できるが、理解は質問した内容に限定される。"彼に寄り添い、観察して、彼の状況や問題をもっと完全に理解する必要があると決心しました"、と氏は言う。これが氏に、彼がなぜそのような行動をするのか、大きな問題は何なのか、といったことを、さらに質問したいと思わせることになった。
叔父を観察することによって、氏は、お茶を飲む時には大きなカップに少量のお茶を入れるようにすれば、震えによるこぼれを防止できる、ということが理解できた。平坦な場所を歩く場合にも問題があること、歩行時にウォーカーを使っていること、なども分かった。叔父には、パーキンソン病の一般的な症状である"すくみ足(freezing of gait)"があったが、階段を登る場合には、この症状は現れなかった。Soneji氏が説明するように、叔父は、階段を簡単に登ることができるのだ。
私がこのことに気付いたのは、彼が食卓に向かって歩いていて、すくみ足になったのを見たときでした。その時私は、彼が建物の1階で生活しているので、階段を登らなければならない、ということを考えました。彼の家にはエレベータもリフトもなかったので、どうやって階段を登るのだろう、と不思議に思ったのです。私が叔父にこの質問をすると、彼は"簡単だよ、やってみせようか"、と言いました。
講演の中でSoneji氏は、実用最小限のプロトタイプを作成し、即座にテストして影響を調べることで、より深い洞察を得ること、さらにはユーザの洞察を用いて早く失敗(fail faster)し、改善の機会を得ること、について説明した。
叔父が階段を降りてくるのを見た時、私は、本物の階段でできるのならば、平らな床に階段を描いた錯覚でも効果がないだろうか、と考えたのです。そこで私は、すぐに家に戻ってA3のシートを印刷し、張り合わせて階段を作りました。短時間で作成したものを叔父に試してもらって、それが有効であることを確認した上で、正確なスケールを定義したのです。
Soneji氏は、パーキンソン病に苦しむ患者の生活に影響を与える解決策を考案する上で、人間中心の設計を使用したのだ。"ユーザを理解し、立場を考え、共感し、状況を理解し、そして大きな問題は何なのかを理解しよう、と決心しました。" この考えに基づいて、氏は、問題をより小さな問題に分解し、より単純なソリューションを創案する。
NoSpillカップをデザインするとき、氏は、"手の震えのある人たちが、飲み物を簡単に飲めるためのデザイン"を問題の中心として定義した。この問題の定義によって、境界なく、オープンに考えることが可能になったのだ。これを概念化する上では、さまざまな実現方法があった、とSoneji氏は言う — 手を安定させる、それ自身で安定化するカップをデザインする、開口部の狭いカップをデザインする、カップの形状を工夫する、などだ。実現方法を分解することで、氏は、解決策に到達するためのより簡単な方法を見つけることができた。
ASMLのUXリサーチャであるMileha Soneji氏は、 ACE Conference 2019で、"Human Centred Design for the Elderly with Parkinson’s"と題した講演を行った。InfoQは、人間中心のデザインとユーザニーズの調査について、Soneji氏にインタビューした。
InfoQ: 人間中心のデザインという原則とプラクティスを、どのように適用しているのですか?
Mileha Soneji: 私は常に、ユーザの立場に立つようにしています。プロジェクトやチームでは、常にユーザの観点から問いかけています。ユーザにとって、よりシンプルで直感的なものにすることを、常に心がけているのです。さらに、場合によっては簡素なプロトタイプを用いて、早い段階でテストを行うようにしています。より多くの質問をすることで、ユーザが満足しているかどうかを理解できるようになるからです。
私は以前、調整可能な刃を備えた皮むき器をデザインしました。リンゴの皮も、マンゴのような厚い皮もむくことができるものです。皮むき器のおもな問題は、果物を無駄にすることなく、強い圧力を加えて、より厚い皮をむくことです。ユーザが望むように曲げられるフラットなボウルをデザインしたこともあります。このようにすれば、ユーザが製品との相互作用を持つことで、両側を使用することができます。さらに、平らな箱に梱包することで、専有するスペースが少なくなり、より多くを出荷できるので、安価で環境に優しいものになります。
好例のひとつは、PhilipsのKittenScannerです。Philips社のスキャナ(訳注:MRIやCTなどのスキャナ)は、スキャンの実施回数が多いほど価値が高くなるため、毎回のスキャンはできるだけ迅速に行なう必要があるのですが、子供たちは怖がって動くため、いつも時間がかかります。そのような状況とユーザを調査し、理解することによって、同社は、待合室におけるソリューションをデザインしました。子供たちがソフトなおもちゃをスキャンして、その結果をスクリーンで見ることで、自分たちが何を通るのかを理解できる、小さなスキャナを開発したのです。これによって、スキャナに必要な時間が大幅に短縮されました。このように、人間中心のアプローチは、スキャンのプロセスには介入せず、スキャナに直接関連したものでもない、共感と認識によるソリューションの定義に役立っています。
InfoQ:ユーザニーズを調査する上で、何かアドバイスはありますか?
Soneji: David Ogilvyはかつて、"人は自分の感情について考えない。自分の考えについて語らない。自分の語ることを実行しない"、と言いました。ですから、私からのアドバイスは、ユーザを近くで観察し、解釈や仮定を取り除き、子供のように質問を続けることです。そうすれば、問題の根本原因が分かります。
例えば、ユーザが水を飲みます。解釈としては、彼ないし彼女は喉が乾いている、ということになります。しかし、観察した事実は、彼ないし彼女がコップ一杯の水を飲む、というものです。"なぜ?"と問えば、彼ないし彼女が咳をしていたから、など、水を飲んだ理由が分かるでしょう。観察したことを解釈しないでください。常に"なぜ"と尋ねるのです。
私の叔父の場合、彼は、公の場でお茶やコーヒーを飲むのを避けていました。その理由を尋ねることで、私は、飲み物をこぼすのが恥ずかしいからだ、という理由を理解しました。しかし、さらに質問を続けると、彼が飲み物を飲みやすくするシッパーのような製品を使いたくない理由は、それらが子供向けだと思われているから、そして、友人の中で目立ちたくないから、ということが分かったのです。ですから、根本的な原因は、彼のすべてのニーズに対してデザインされていて、なおかつ、特殊なニーズを持つ人のための製品のように見えない製品が見つからない、ということなのです。