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学習の科学: 脳にとって最善のアプローチ

| 作者 Mark Levison フォローする 0 人のフォロワー , 翻訳者 笹井 崇司 フォローする 0 人のフォロワー 投稿日 2010年8月22日. 推定読書時間: 13 分 |

原文(投稿日:2010/07/12)へのリンク

ミーティングでアイデアを理解してもらおうとするとき、どうしてみんなわかってくれないのだろうと思ったことはありませんか? 別の開発者を指導しているとき、どうしてわからないのか理解に苦しんだことはありませんか? トレーニングコースで教えているとき、どうして参加者は教材の10%程度しか学べないのだろうかと思ったことはありませんか? 非公式なメンターやコーチ、トレーナ、親であれ、私たちはみんな先生です。ところが、プロの教育者だけがこの分野のトレーニングを受けています。2年ほど前、私は面白半分で脳科学の本(Norman Doidge氏の“The Brain that Changes Itself”(邦訳: 『脳は奇跡を起こす』))を読み始めました。そして、脳科学に興味がわいてくるにつれて、どうすればその教えをアジャイルソフトウェア開発などに適用できるのだろうかと考え始めたのです。

ほんの20年前、脳科学分野のほとんどの人が、脳にある神経細胞(ニューロン)の接続は10代(あるいは、もっと若いとき)までに決まってしまうと考えていました[1]。今では、年を重ねるにつれて、その配線は変化し続ける(新たなニューロンさえ成長する)ことがわかっています。年をとっても変化の割合がスローダウンするだけなのです。このことは神経可塑性と呼ばれています。こうした発見のおかげで、この記事が生まれました。私たちのあらゆる知識、記憶、そして、あらゆる概念は神経ネットワークに格納されています。すなわち、脳の内部にあるすべてのものは神経細胞の接続として符号化されているのです。神経可塑性とは、こうした接続を継続的に変化させることができるということです。接続は時とともに成長し、強められ、弱められ、消えるのです。

海馬は長期記憶、この場合は陳述記憶(つまりストーリーや経験)の門番です。海馬の仕事はこうした記憶を格納して、インデックス付けすることです。できるだけ簡単に海馬が仕事をできるようにするのは、私たちの仕事です[2]

抽象的概念

助けになろうとユニットテストについて長々とした理論的な説明を始めると、みんなポカンとした顔をすることがあります。トレーナーがアジャイルの抽象的な定義から授業を始めると、そのシンプルなコンセプトを理解しようとして、みんな四苦八苦します。優秀な子供たちのクラスを教えるとき、教師が地に足をつけずに高度なことを教えようとしても、聞き手は混乱してしまいます。一体何が起こっているのでしょうか? 生徒や子供たちが何か重要なポイントを見落してしまうのでしょうか? 教師やトレーナーの説明がまずいのでしょうか? おそらく違います。問題は、抽象的観念を関係付けるものが聞き手の側にないことです。トレーナーは、それに関連した相手がよく知っている具体的事例を提供することで、関連付けを助けなくてはなりません。既存の知識の発見を助けて、その知識に対応付ける具体的事例を提供するため、その話題に関する自由回答形式の質問をしてみましょう[3]。「これはあなたに何を連想させますか?」や「何か思い当たるものはありますか?」「この話題について、最初に思いついたのは何ですか?」といった質問は、既存の知識を明らかにするのに役立ちます。

子供に算数を教えるときには、ブロックなど何か物理的なモノを使って概念を具体化するとかなり効果的です。ユニットテストを説明するときには、小さなテストケースを見せてから、それを実行するのを見せるのがよいでしょう。できるだけ一連の具体例を見せるのです。そうすることで、そこにある理論を徐々に明らかにしていくのです。アジャイル/スクラムトレーニングでは、多くのトレーナがエクササイズ(具体的経験)を使って、何が起こったのかを出席者に説明させています。

脳では一体何が起こっているのでしょうか?[4] 私たちが新しいことを学ぶときには、新しい神経ネットワークが生まれているだけです。これはどこかにできればよいというわけでなく、既存の概念にくっついている必要があります。抽象的観念を具体的経験に関係付けやすいほど、これは簡単になります。神経細胞から見ると、新しい神経ネットワークを生み出すよりも、既存の神経ネットワークを成長させる方が簡単だからです。抽象的説明というのは専門家の領分であって、複雑な概念をその分野の専門家にすばやく伝えるのに使えます。

概念を具体化することに加えて、見つけることのできる最もシンプルな概念表現にこだわるべきです。いったん具体例を提供したら、抽象的観念をシンプルにして、聞き手にそれを思い出させるチャンスを提供するとよいでしょう。参考文献にあるフォローアップ論文にさらに詳しい情報があります。

感情

辺緑系は私たちの感情システムと人、モノ、思考などの関係性を処理しています。

辺縁系は行動を駆動するのに使われますが、時として妨げになることもあります。出来事や人、新しい状況に対して、辺縁系は ‘towards’ と ‘away’ という反応を起こします。例えば、

  • ボスがあなたをあるクラスに派遣したが、あなたはそこにいたくない。
  • ユニットテストや新しい言語を学ぶことに恐れをなす。
  • 先生にいじめられるので、低レベルな質問はしたくない。
  • 愚かなところを見せるのが怖い。
  • 部屋いっぱいに見知らぬ人がいる。

これらはみな ‘away’ 反応を起こします。一度 ‘away’ 反応が起こってしまうと、私たちの脳は逃げようとして学ばなくなります。新しい状況の多くが致命的なもので、突然の奇襲によって食べられてしまうような時代には、‘away’ 反応は役立ちました。現代ではこのような問題はまずありませんが、その反応メカニズムは依然として残っています。

これに対して、‘toward’ 反応は前向きなものです。何かに関する感情が強くなればなるほど、それを思い出しやすくなります[5]。では、どうすれば ‘away’ 反応ではなく ‘toward’反応を起こせるのでしょうか? 学習を彼らの目的にして、いつの間にか、例えばユニットテストについて学ぶことに関心を見い出せるよう手助けをするのです。いったん学び始めたら、認知的課題に取り組ませましょう。学習者をうまくコントロールしましょう。

  • お互いに見知らぬ人でいっぱいの部屋にいるときには、自己紹介の時間を数分とりましょう。みんなの興味を理解するために、部屋を見渡してみましょう。
  • お互いに自分のことについて語り合いましょう。

これらはすべて、人々のあいだにある障壁を壊して、‘away’ 反応が起こる可能性を減らしてくれます。

間違いを正す

同じスペルミスを何度も繰り返したことのある人はどれくらいいますか? 私の場合は environment です。長い間、この単語を正しく綴るのに苦労してきました。正しく綴ろうと集中すればするほど、間違ってしまうのです。どうしてこんなことが起こるのでしょうか? 私たちの脳では、知識の断片と同じようにスペルミスも神経ネットワークに符号化されています。ネットワークにおける接続は、使われれば使われるほど強化されます。そのため、間違いを繰り返せば繰り返すほど、さらに間違いやすくなるのです。もし誰かが私がスペルミスするのを肩越しにのぞいて「Mark、そんなスペルミスをしちゃいけないよ」と教えると、ネットワークはさらに補強されて、さらにミスしやすくなるでしょう。[6] 

誤りから逃れましょう。正しい結果に注力するのです。別の開発者とペアになっていますか? 問題に注力してはいけません。何がより望ましいように見えるのか、それがどのように機能しているのかに注力しましょう。私が空手を教えるときには、同じ間違いを何度も繰り返している人がいても、何がわるいのか教えません。その代わりに、何が正しいのかを見せるのです。私は正しい動作になるよう、彼らの手足を導きます。そして、それを何度もやります。私が目標にしているのは、正しい動作のためのより強固なネットワークを新たに作ることなのです。

スペルミスでも同じことができます。過去に苦労した単語では、MS Wordのオートコレクトに頼らず、正しいスペルを見つけて手作業でタイプし直します。今では、environment も正しく綴れる単語になりました。

統合

Baby Einstein DVDのことを知っている人はどれくらいいますか? Letter FactoryといったLeap FrogのDVDシリーズはどうですか? これらはみな、子供向けに特定分野の知識を改善することを謳い文句にしています。「アインシュタイン」を生み出すとさえ言っています。しかし、その約束は果たせていないように思えます。運が良ければ子供はその内容を覚えますが、中身については何も理解していません。子供たちは情報を得ただけであり、真の知識を得たわけではないのです。

世界を征服する方法を教えると約束した1-2日のセミナーに出席した人はどれくらいいますか? しかし、その場から離れてしまうと、頭の中にはほんの一部しか残っておらず、そこで得た情報に基づいて行動するのは難しいことがわかるでしょう。どうしてこんなことが起こるのでしょうか? 誰かが教室の前に立って、まる一日かけて真の知識を授けるのでは、どうして不十分なのでしょうか?

あなたもあなたの子供も、情報を受け取りはしたものの、それを自分のものにしていませんでした。あなたは受け取った情報に基づいて行動できないですし、行動しません。なぜなら実際には、まだ自分の知識になっていないためです。

問題は、私たちには短期記憶と長期記憶があることです。短期記憶がうまく機能するのは、数秒、数分、頑張ってもせいぜい数時間です。私たちは問題解決、一日の計画、家からコーヒーショップまでの道順など、毎日の仕事のほとんどに短期記憶を使っています。短期記憶は問題解決にはすばらしく機能するのですが、学んだことを置いておくところではありません。

これに対して、長期記憶は本当に学んだことを格納しておくところです。

Leap FrogやBaby Einstein、1-2日のコースを提供している人たちにとって残念なことに、情報を長期記憶に持っていって定着させるのは、非常に難しいことです。こうした人たちがやっているのは情報を短期記憶にかき集めることだけであり、その情報が長期記憶に送られることはありません。あなたが現在学んでいることのほとんどは、その場から離れるときには忘れているのです。それでは、どうすればうまくいくのでしょうか?

メモをとることは役に立ちますが、それでも事実を紙に記録しているだけです。知識の受け手として行動しているにすぎません。真に学ぶためには、それ以上のことをする必要があります。重要なことは、学んだことを自分の言葉で言い換えること、そして、できるだけ脳のいろいろな部分を使うことです。私がセミナーでこれを実践するときには、芝居を作って演じることを目標に、休憩時間に受講生たちにアイデアを議論させています。議論すること、自分の言葉でアイデアを言い換えること、芝居を演じることには、運動皮質、視覚皮質、聴覚皮質が関係します。芝居を演じなくとも可視化するだけで、ある程度は大脳皮質を動かすことになります。[7]

教室では、エクササイズとゲーム(特に動きを伴うもの)を取り入れるとよいでしょう。生徒の脳のいろいろな領域を使うものであれば何でも構いません。課題を出すときには、詳細な思考とハイレベルな思考、絵、音、さらには臭いを要求するよう検討しましょう。私たちの目標は、できるだけ大きな神経ネットワークを作ることなのです。

画像

脳にとって、画像というのは少しGoogleに似ています。簡単に覚えることができ、高速な検索サービスを提供し、強い感情的な反応を起こさせます。画像が役に立つのは、内容が豊富で、関係性、大きさ、形状を伝えることができるためです。そして、何百万年もの進化を経て、私たちには高速で効率のよい画像処理能力が備わっています。画像と比べると、言葉を脳に格納するには非常に多くのエネルギーが必要になります。また、画像は脳の後方にある後頭葉で処理されます。絵、物語、メタファーはみな、後頭葉を活性化させるのに使われます[8]

すぐれたプレゼンターの多くは、アイデアを伝えるのに Presentation Zen [9] のアプローチを使っています。このアプローチは、たくさんの画像とわずかな言葉を使うというものです。言葉でいっぱいのパワーポイントは混乱とマルチタスク処理をまねきます。私たちの脳はうまくマルチタスク処理できないため、スクリーン上の言葉を読むか、スピーカーの話を聞くかのどちらかを選びます。そして、必然的に前者を選ぶことになるのです。これに対して、画像は視覚皮質を刺激して、後から情報を思い出すのに役立つフックを提供してくれます。

画像ほどは強くはありませんが、音も同様の役割を果たします。Agile 2007において、私はJean Tabaka氏のプレゼンテーション "Why I don't like Monday's" に参加しました。Jean氏はプレゼンテーションの背景と導入部分に、Boomtown Ratsの歌を使いました。これは3年経った今でも内容を思い出せる2つのプレゼンテーションのうちのひとつになっています。

では、どのように使えばよいのでしょうか? 可能であれば、アイデアを伝えるのに絵や図を使うとよいでしょう。絵が使えないときには、現実の人間とそのインタラクションの観点からアイデアを説明するとよいでしょう。複雑な抽象的概念を使ってはいけません[10]

結び

この記事からあなたが学んだと思うことを私がまとめるよりも、どうか自分自身でまとめてください。言葉だけでなく、絵やマインドマップを描くなど、何か脳の新しい部分を使うことを考えてください。


[1] Norman Doidge, “The Brain that Changes Itself”

[2] David Rock, “Your Brain at Work” p78 (Kindleでこれくらい)

[3] David Ausubel, "the most important single factor influencing learning is what the learner already knows" (Zull を参照)

[4] James Zull – “The Art of Changing the Brain” p94-100 にもっと詳細な説明がある。

[5] David Rock, “Your Brain at Work” p78

[6] James Zull, “The Art of Changing the Brain” p 122

[7] David Rock, “The Brain at Work”: “この化学物質を放出させるためには、いろいろな手が使えます。行動を可視化することで、実際に芝居をするのと似た代謝反応が起こります。ある研究によれば、指体操をしていると思い描くことで、筋肉量が22パーセント増加したそうです。これは実際に運動をしたときの30パーセントに近いものでした。(考えてみると出来過ぎた話に聞こえますが、運動をすることに精神的に集中し続けるには、かなりの労力を注ぐ必要があることを忘れてはいけません。)

[8] David Rock, p17

[9] Garr Reynolds, “Presentation Zen”

[10] David Rock, “Your Brain at Work” p18: “ 研究によると、論理的問題を解かせるときには、実体のない概念的なアイデアの観点からでなく人間とのインタラクションの観点から問題を説明すると、劇的に速く問題を解けることがわかっています。”

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